ギリシャ内戦は1942年から1949年の間にかけてギリシャにおいて争われた内戦。一方の当事者は中道右派政府と右派民兵で、イギリスおよびアメリカの支援を受けていた。もう一方はナチスドイツ占領下のギリシャにおける最大のレジスタンス組織であった共産主義ゲリラELASでギリシャ共産党(KKE)の指導下にあった。内戦は3つの段階に分けることができる。第一段階 (1942年 - 1944年) は右派レジスタンスに対する左派レジスタンスの攻撃である。第二段階(1944年)は右派レジスタンスによる政権奪取で、エジプトのカイロから帰還したギリシャ亡命政府、更にはイギリスによる支援を受けていた。第三段階(1946年 - 1949年、KKEでは第三ラウンドと呼称した)は 騒然とした雰囲気下で行われた総選挙により樹立された中道右派政権とギリシャ共産党との争いである。興味深いことに、ギリシャ共産党は1948年に至まで非合法化されなかった。ゲリラ側はアテネの共産党本部からも戦闘に向かっていたのである。この内戦によりギリシャ経済は疲弊、国民の間には1970年代に至まで続く政治的対立が生じ、それは現在でもギリシャの政治に深い影響を及ぼしている。