清仏戦争(しんふつせんそう)は、1884年から1885年にベトナム(越南)の領有を巡って起きたフランスと清との間の戦争。19世紀初めにベトナムには阮朝が成立したが、領土の拡張を目指すナポレオン3世治世のフランスは、ベトナムへの数度にわたる挑発行動の後、1857年に発生したベトナムによるキリスト教徒迫害の報復として、翌1858年にスペインと共に攻撃、侵攻した(第一次仏安戦争)。1862年まで続いた攻撃によって、ベトナムはサイゴン条約(第一次)でコーチシナのフランスへの割譲を認めた。これを糸口に、フランスは翌年にカンボジアを保護国とし、1869年にコーチシナ3省を領有した。その後本国ではナポレオン体制が崩壊したが、1873年に再度攻撃、第二次仏安戦争となり、翌年に第二次サイゴン条約を締結した。